ISHINOMAK2.0のウェブサイトは2016年4月1日にリニューアルしました。新しくなったサイトはこちら。

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【2011/08/12】

マルシェ、構想始動!

ロゴデザイン :DRILL DESIGN http://www.drill-design.com/
8月1日でStand Up Weekも無事終了し、いよいよ石巻2.0の活動が本格的に始動しました。とにかく2.0の信条はスピード感。石巻マルシェと安価な宿泊先を提供するゲストハウス構想がフルスピードで動き始めています。

そんなわけで8月9日に石巻入りしたマルシェ、工房、ゲストハウスチームの芦沢さんからの現地レポートです。

8/9日

石巻の夏は東京よりもすごしやすい。が、流石にこの日は暑かった。久しぶりの来石といっても川開きのあと、10日ぶり。石巻マルシェの話をすすめることをメインにいくつかの野暮用のために来石。日帰り弾丸出張の予定ではあったが、石巻の夜は楽しい。その誘惑にまけて宿泊に変更。(朝すこし遅刻したことも関係あり。)

この日誌をすすめるまえに、まず、石巻マルシェ構想についてお話しなければいけない。実はマルシェ構想は震災前からあった話である。阿部新旅館前の丸光デパート跡地をつかってのマルシェ構想。場所はこのあたり。


大きな地図で見る

今回の石巻マルシェ構想は、阿部新旅館解体跡地をつかってすぐに始めよう!という話にお手伝いしたいと名乗り出たわけだれど、もともとの構想がいかなるものであったのか、あるいはいまも進行している丸光デパート跡地での構想はどのようなものなのかは知る必要がある。最終的には石巻中心市街地にとってのいい市場をつくることが第一義なのだから。

よって、石巻マルシェに関わっていくであろうメンバー、阿部新、松竹の阿部久利さん、仙台のオークレット佐藤さん、街づくりマンボウの尾形さんと会議をすることになったわけである。(その後、お魚王子こと、三陸おさかな倶楽部の店主津田さんもネット上にて参加。)

会議の結論は、すぐやる派の私と、佐藤さんが来月頭からまずは阿部新跡地でマルシェをはじめるたい!という話。そしてマンボウ尾形さんの長年の構想である丸光デパート跡地をいかに進ませていくかという2つの話となり、プロトタイプを阿部新で、丸光案は引き続き交渉や資金関係をあらっていくということになった。そして今もネット上での会議を進行中である。

というわけで来月頭からえいっとスタートするマルシェ。

阿部新跡地、解体されて建物は半分になってしまった松竹ではあるけれど、そこがstand upweekの中心地であり、今回マルシェのプロトタイプがつくられる。転んでもただでは起きぬ。久利さん、すばらしい。

稼働しはじめた松竹(阿部新)のキッチン。

もうひとつ。ゲストハウス構想のためにいくつかビルを視察。これも直感の域をでないが、東京に戻った後、アイトピア通りcoopの撤退後のビルをつかわせてもらうのがいいのではないかと思案を続けている。

ゲストハウスにコンバージョンをタクラミ中

夜は、浪漫邸(石巻グランドホテル1階)にて、阿部久利さん、豪太さん、真野研の享子さん、2.0のメンバーで日本酒を堪能。何を話たか覚えていないくらい白熱する話あり、笑い転げる話あり。オーナーの明さんからシャンパンはないけれど、泡の出る日本酒はあるよということでふるまわれた日本酒でほろ酔いのまま阿部新ドミトリーで就寝。

石巻の夜は涼しい–けれども熱い町になることに願いながら。

 

石巻工房:購入したり、いただいたりの工具と備品。これだけあれば大概の大工工事は可能。

プロショップまるか。すでに機能しているお店。

おまたせしました。

工夫しています。

阿部新跡地のマルシェ構想プラン

文章:芦沢啓治

【2011/08/06】

VOICEツアー実施報告

STAND UP WEEK期間中、VOICEツアーは全部で4回行われました。

7月23日 川と横丁の歴史ツアー
7月24日 夜の石巻ディープツアー
7月25日 ボランティア縁のスポットツアー
7月29日 川と横丁の歴史ツアー

参加者が集まり次第始めるという、即興的なツアーでしたが、石巻人たちがそれぞれの思いを語りながらまちなかを案内してくださり、非常に充実したツアーとなりました。

<川と横丁の歴史めぐりツアー>
VOICE石巻のトップページを飾る、郷土史家の邊見清二さんに石巻の川と横丁や路地、道路形成の歴史について案内して頂きながらまちを歩きました。

橋通りから、川縁、広小路を経て寿町通りを通って住吉神社まで行き、川縁を通ってインフォメーションセンターに戻る、という行程で、それぞれの顔を持つ横丁の形成の歴史が聞けました。
中央3丁目の交差点は、歴史的な建造物が集積し、石巻の最も豊かな時代の面影を残しています。現在の民主党ビルは昔は銀行の建物だったようです。

住吉神社を通って川縁まで来た時、なだらかな芝生の河川敷から川を眺め、
「石巻人は、どんな時代も川と一緒に暮らしてきたんですよ。川岸に壁みたいな堤防を作るなんて考えられない。まちの中に川をうまく取り込める護岸ができると良いですね。」
と語った姿が印象的でした。

<夜の石巻ディープツアー>
スナックのネオンの光、あちらこちらから漏れて来る即興的な音楽…石巻は夜がアツい!!
こんな夜の石巻を体験して頂くために、真っ昼間の16:00から(笑)、このツアーを開催しました。
橋通りから阿部新旅館の前を通過し、広小路にでて門脇へ、石段を上がって日和山に上り広小路の復興バーに戻るというツアー。その後、2.0縁の日本酒バー ニュー魯曼停にも伺い、マスターの阿部明さんにもお話を伺いました。
私用で石巻に来ており、たまたまポスターをみてツアーに参加してくれた、という学生さんは、「石巻の歴史や文化など、まちの成り立ちについて案内してもらいながら歩くとまちが全然違って見えて来る」と、喜んでくれました。

復興バー魯曼停でオリジナルカクテルをごちそうになりました。

復興バーではマスターの松村豪太さんに、バーを始めた気持ちを、魯曼停では、明さんや奥さんに被災の体験を語って頂きました。

突然押し掛けていったにも関わらず、お二人は快く受け入れて下さり、本当に感謝です!!

<ボランティア縁のスポットツアー>
1万人のボランティアが入っている石巻でも有数の大ボランティア団体であるピースボートのパール団長、あづさんと一緒に被災地の現状を見ながらまちなかを歩きました。
橋通りから中瀬へ、寿町まで戻り、立町へでて、アイプラザを見学、永巌寺を通って日和山に上り門脇におりるといったコースで、3時間に渡る大ツアーとなりました。

ピースボートのお二人と歩いてみてまず感じるのは、道行く人とすれ違う度に「ご苦労さん、頑張って!」「いつもありがとね!」と声をかけられること。ボランティアはまちの一部となりつつあるようです。
「僕が来た頃は、泥かきをするために、瓦礫をかき分けて道をつくる仕事からはじめました。土嚢袋に泥を詰めたけど、どうやって運ぼうかと困っているとき、(瓦礫撤去の)業者のトラックのおにいさんが駆けつけてくれて『のせてきな〜!!!』って。ちょーかっこいーみたいな。それ以来、彼らとは友達です(笑)」と語る団長。
震災後、さまざまな人々がお互いに助け合いながら今の回復につなげてきたのでしょう。

日和山までのぼって、もっとも悲惨な被害を受けた門脇南浜地区を見下ろしました。
「毎朝5時頃、ここに上って地域の方の話を聞くようにしてます。俺等は外から来た人間だから、逆に知人にはいえないようなことで心のなかにためていることを気軽に話してくれるんですよ。今でも出来るだけくるようにしてます。そうしないと(気持ちが)緩むから。」

門脇に残った民家

ピースボートでは門脇で奇跡的に残った小さな音楽ホールである「音浴ホール」の再生の仕事を委託されています。このホールをイベント会場として再生させつつ、震災を忘れないためのメモリアルホールとして残していくためだそうです

音浴ホール 泥の中から見つかったピアノ

【2011/08/06】

川開き祭り 本祭 夜の部

さて、日が暮れ始めると花火観覧のためか人出が更に増えてきました。しかし、潮位も上がり始め、いたるところで冠水し土嚢が積まれています。

サブ会場ではちだ原人のライブ。生粋の石巻人。とにかく全てが衝撃の存在です。こちらのライブの詳細についてはまた後日。

メイン会場では楽団ひとり、GAGLEが石巻復興を祈り熱いライブを展開(詳細なライブレポートは後日アップします!)。開始が頭から1時間ほど遅れていたこともあり、HIFANAのライブと同時に花火が開始!タイミングがあえばいいなぁと思ってはいたのですが、いきなりの花火とhanabeamのコラボの実現となりました。

ライブに引き続きライゾマティックスによる光によるライブペインティング。来場者の方が思い思いの言葉や絵をiPadでかき、PUSHボタンを押すだけで壁に反映されるというものです。3台のiPadを使用したのでその場の来場者同士のコラボも実現し更に石巻が見たこともない不思議な風景となりました。

このライブペインティングをもってStand Up Week中のISHINOMAKI2.0としての活動はすべて終了いたしました。

川開きの開催があったからこそ多くの方のご協力を得て、不可能と思われたことも実現できました。
川開きの実施にあたりご尽力された関係者の皆様、本当にお疲れさまでした。

また今回のStand Up Weekの実施に際して数えきれない方のご協力をいただきました。ただいまご協賛頂いた企業の皆様、ご協力頂いた方の賛同者のリストをまとめておりますので、そちらも遅くなり申し訳ありませんが、こちらのサイトでアップいたしたいと思います。

ISHINOMAKI2.0の活動は石巻が元から持つ魅力と新しいアイデアの融合、そしてその動くスピードに特徴づけられると思います。特にスピードへのこだわりは、この街から人々の生活が時間を経る度に離れていってしまうことに対しての強い警戒心からきているといえます。

様々な安全面の懸念や石巻に住む方への心情への配慮、そしてスピードと、2.0であるということのステートメントをどうやってみせるか。どうやって石巻に寄り添いながらも革新をもたらすのか、チーム内でも多くの議論がありました。
野外上映会も冠水や天候の問題があり、なぜ通常の公民館でやらないのかと思ったこともありました。しかし、実際に実施してみると石巻の夜風が奇跡のように気持ちよく、高校生たちが作ったベンチに人が集まり、笑い声が響くことで何ともいえない幸福感の満ちた場所となりました。想像も計画も超えた世界がそこにはありました。

反省点も多くはあるますが、一つ分かったのは、この状況で、何か起こして、そこから考える、という非常下ならではの対応が良い連鎖を生んでいくための鍵なのではないかということです。良識的な方からすると、そんな気持ちで復興支援に携わらないで欲しいと思われることもあるかもしれません。ブログを書いている本人も通常は極めて保守的な人間だと思います。ただしStand Up Weekが終った今、何か大事な真実を見つけたような気がします。

石巻2.0はまた次のフェーズに向けてすでに動き始めています。引き続き本サイトで今後の活動をお知らせいたしますので、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

【2011/08/06】

シンポジウムday2「ボランティアの巻」

シンポジウム2日目レポート
7月25日 「ボランティアの巻」  
パネラー  河野心太郎(め組JAPAN)
      石山智夏(め組JAPAN)
      平山雄貴(ピースボート) 
      小林深吾(ピースボート)
      堀之内哲也(ON THE ROAD)
      魚谷浩(ON THE ROAD)
      田中鉄太郎(ON THE ROAD)
      
モデレーター松村豪太(ishinomaki2.0)

松村 震災後立ち直れない程のダメージを受けた町で一週間くらい経ったときに、見た事のない方が泥かきをしていて、そこでボランティアを知りました。ボランティアにより石巻の復旧は始まったと言えると思います。石巻には複数のボランティア団体が活動してきていますが、ボランティアの皆さんが率直に意見交換する場所がなかったのに驚きました。この会ではお互いの本音で意見をぶつけ合うことができればと考えています。本日は各ボランティア団体から2名の方にスピーカーとしてきて頂きました。まずは本日お集まり頂いた方の自己紹介からお願いします。その際に始めたきっかけと石巻に入った時期もお願いします。

(以下公開トーク抜粋)

河野(め組):僕は3月22日から入りました。埼玉に住んでいて、仕事は福島県猪苗代にお店を持つ会社の営業マンでした。被災したことで仕事が減り、会社へ行ってもお昼で切り上げる様な日が続きました。そのとき「てんつくマン」というめ組JAPANの代表を知り、ボランティアに興味を持ちました。ボランティアで石巻に来て一月後会社を辞め、現在迄石巻にいます。

石山(め組):私も3月22日から入りました。地元は秋田で、震災の日は沖縄にいました。MAKE THE HEAVENがめ組JAPANを立ち上げボランティアを始めたと知り参加しました。

平山(ピース):元々はピースボートの大阪にいました。阪神大震災を中学で体験し、その経験から今回の震災復旧に参加したいと思い、ピースボートの初期の大規模投入の際にボランティアの引率として3月23日に入りました。

小林(ピース):僕もピースボートの職員で地球一週の船旅という地球交流の船旅を普段やっています。その活動のなかに災害支援があり、今回地震がおこってすぐに災害支援をやっているスタッフと一緒に石巻に入りました。

堀之内(ON):地震のときは京都にいました。地震発生直後にすぐに堀之内哲也災害対策本部を立ち上げ、1人でできることをやろうと輸送を確保できる交通ルートを調べて伝えたりしていました。3月26日に大人一人で立ち上げられる仮設テントを届けに石巻に来たことがきっかけで、そこからON THE ROADの活動に参加。7月16日からリーダーをやっています。

魚谷(ON):阪神大震災を経験した灘区からきています。神戸が色々な方面から支援を受け、そのなかで復興していったのを体感しており今回復興ボランティアに参加しようと思いました。3月末に退職し、4月16日から石巻で活動しています。今後も長くやっていくつもりでいます。

松村:続いて各団体のこれまでの活動と現在の活動拠点、宿泊場所などを教えて下さい。

河野(め組):3月16日に現地に入りし、その頃は炊き出し、調査、物資調達、デリバリーなどを行なっていました。緊急時期を過ぎ、落ち着いて来た時期から、泥かき、泥だしを行いました。現在は40人位のクルーで、SEEDS OF HOPE(平和への祈り、復興への祈りを花に託し、世界同時でスタートした希望の種蒔きプロジェクト)やキッズチームでは公園再生や学習支援など、子供たりが元気よく遊べる環境作りを行なっています。登米市豊里町の古民家を拠点にしており、そこから車で現地へ行き来しています。

平山(ピース):現在250人くらいのボランティアがいます。どろかき、炊き出し、避難所の自立支援(炊事器材の提供)や漁具の改修や漁港の清掃などを行なっています。拠点(宿泊場所)は廣山、新館の工場跡地、春潮楼、専修大学のテントと複数あります。

堀之内(ON):代表の高橋歩(経歴は本を出版、バーをつくる、世界中を家族で旅行、インドの子供にお金をはらわず通える学校をつくる等)が3月20日すぎに、ピースボートの一般ボランティアに参加し、オンザロードとしても何かできないかと考え、4月8日から活動開始。4月15日くらいから渡波地区を中心にボランティアをしています。泥かきをしながらニーズを聞き、炊き出しをしたり、店舗再生(オープン迄のお手伝い)をしたり、仮設住宅への引越のお手伝い等をやっています。拠点は大崎市田尻にある桜の湯(右手芝生広場)でテントをたてて生活。ボランティアは100人前後(多いときは260人くらい)バス2台、車20台程で行き来しています。

松村:ボランティアは、どのくらい人が入れ替わるのですか?

堀之内(ON):ON THE ROADでは、長くいるメンバーが30人くらい、日帰りから一週間が多いです。
平山(ピース):ピースボートでは、定期(1週間組)と短期(2、3日組)の2種類です。
河野(め組):め組JAPANでは、当初から日帰りも受付けており、長い人は12月31日迄。週末組と言う毎週くる人もいます。

松村 はじめて来る人への初期の導入はどうやっていますか?また滞在長さで仲間意識はどうですか?

堀之内(ON):拠点から1時間位移動にかかるので、8名くらいでワンボックスに乗り、車内ではじめての人にも当日の内容を説明しつつ、自己紹介し、その移動時間がコミュニケーションの場になるおかげで、現場でひとつになれます。

小林(ピース):ピースボートでは事前に説明会をやっており、必ず説明会にでてもらうようにしています。セーフティの案内や活動内容の紹介、来る前にグループもつくり、現場に来たときにすぐに動ける様にしています。

石山(め組):私が石巻に来た人すべてに導入をしています。長期メンバーが7割くらいなので、新しい人を1人にさせず和ませるように現場でしています。はじめての人には面白い話をして和ませ、私は導入担当の立場を利用し、彼氏彼女がいるかを聞いています。統計的に8割位いないか、別れてから来ています。

松村:被災地の恋愛はどうですか?
魚谷(ON):恋愛に場所は関係ないです。私も現地で恋愛をし、モチベーションを共にしているので、わかり合えることが多いです。
堀之内(ON):私は4月のはじめから家族できており、昼間働き、夜も働きこちらで4人目ができました(笑)。

松村 恋愛に対してのフリーさは、ピースボートはどうですか?
平山(ピース):東京に帰ってから飲み会等はやっていると思いますが、現地ではない。僕のまわりはないです。
ただ石巻のおかあさんに、お見合いをしないかと誘われました。家と山があると言われています。(苦笑)

平山(ピース):やっぱり話を聞いていると団体毎に色がありますね。ON THE ROADはガテン系。僕らピースボートは普通な感じ。めぐみは優しい感じと、色が分かれて見えます。

松村:はじめからそうゆう人が集まってくるのですか?
堀之内(ON):なぜ入ったのか聞いたら、友達の友達が来ているということが多かったです。類は友を呼ぶという感じになっていると思います。

松村:このあたりで会場からも反応を。
会場:震災直後は絶望してました。2種間くらいは何もせず、家に籠りラジオをひたすら聞く日常でした。頑張ろうと思ったきっかけは、ボランティアさんと20センチ位積もった泥をかいて、それがきれいになったときに、前向きな気持ちで商売をやっていこうという気持ちになりました。

会場:ボランティアを仕事と考えることはできるのですか?運営側をやっているとその辺りの境目はどう考えているのかお聞きしたです?また、活動場所は自治体ごとに分けているのですか?

河野(め組):普段は本部にいるのですが、そのときは仕事感覚でやっています。現場に出ると仕事という感じはないです。活動人数が少ないので、現場は石巻だけですが、め組JAPANの別部隊は福島で土壌改良をしたり、北海道洞爺湖で福島からの一時避難や疎開プロジェクトも開始しています。

小林(ピース) :大事なのは自分のすることに責任をもっていることです。やりたくないこともやらなくてはいけない。仕事か活動かではなく、責任をもってやっていくことが大事だと思っています。普段は船旅をお給料をもらいながらやっているのですが、やはり楽しいだけでなく責任をもってやっています。活動場所は行政区分にこだわることはないです。ただ、ピースボートの力量を考えると石巻、女川くらいしかやっていないです。

堀之内(ON):僕は今回ボランティア活動がはじめてですが、本業は書道家で個人活動をしています。24時間仕事と活動の切れ目がなく、やりたいからやっている。日常ではなかなか経験したことがない、何かをすることで人から感謝されるという体験で味わう感動がやりがいに繋がってます。運営メンバーには、生活最低保障という微々たる額をだしています。5月の中旬くらいから他の地域のことを知ろうと思い、調査隊をだして八戸まで調べ、そのときの結論で力を分散させず、石巻に集中しています。

会場:今後泥かきなどが一段落したあとに、復興後のまちをつくっていく一員になろうという考えはありますか?

河野(め組):現在は子供達に目を向けて夏期講習などの学習サポートも初めました。またプール掃除などもしている。先ほども話しましたが、ひまわりを夏に向けて花を咲かすよう、育てています。

平山(ピース):関わり方が難しいと感じています。今までは目に見えて汚いものをきれいにする、食べれないものを食べるようにするというわかりやすい活動だったのですが、それに対し、自立支援は活動の範疇が難しい。石巻と東京をつなぐ動きをこれまでボランティアできた1万人位の人のネットワークとして今後やっていくことは考えています。最近まちづくり応援チームをつくり、川開きの日に石巻復興市をだし、地場産のきゅうりを売ったり、魚市場が再開したのでイカを焼いたり、雄勝石の加工をしてペンダントをつくり販売したりします。高齢な方が多いので、なかなか前に進まないことも多いですが、地元の方を下支えしながらやっていく活動を考えています。

堀之内(ON):我々は6月30日迄を一般ボランティアのフェーズとしていましたが、延長して7月~9月を第二期としました。二期になって、被災地という言い方を「復興地」という言い方に変えました。ゴミ出しや側溝掃除などを続けながら、仮設住宅の支援を始めています。仮設住宅支援は女川のほうでコミュニティ支援をやっています。また先ほど話した店舗再生も始めました。現状13店舗の再生をお手伝いをしています。渡波地区の中で、再生した店舗に光が灯ると町が少しずつ元気になるのが目に見えて判ります。

松村 自分が被災地にいる身で省みると、確かに絶望し、収入がなくなり、2重ローン問題があったりと本当に大変な状況であるが、甘えて何も立ち上がらない人がいるのも事実。川開きに向けた復興市などは、ボランティアだけでやろうとしているのか?それとも現地の人もまぜる予定は、どうでしょうか。

平山(ピース):考えとしてはあるんですけど、手伝ってくれる人が非常に少ないです。

松村 被災者を復興に巻き込むことをしていってほしいと思っています。ここまで信頼関係を築いてきたボランティアの人が声をかけるほうが、立ち上がりやすいと思います。同じようにオンザロードの店舗の再生はどう店舗を選ぶんですか?

魚谷(ON):時代屋さんが第一号店。一期の終盤(6月末)に店舗再生のビラを配り、それがきっかけで話がきたり、実績を見て、口コミで話が広がっています。

松村 オーナーさんにはどのくらい頼られるのですか?

魚谷(ON) 店主さんによって、僕たちへの対応も異なっている。自分でできるところと、ボランティアの手伝いが必要なところと、プロに頼むところをしっかり整理されている方もいれば、すごく頼りっきりの人もいる。そのあたりのボランティアの線引きは問題視しています。

松村 聞きづらいですが、この先離れ方も考えていかないといけない局面もあると思いますが、その辺りはどうですか? 例えば半島の方で、泥かきなどが終わり牡蠣の種付けを手伝っているボランティアもいます。そこまでいくと産業の担い手となるので離れ際が無くなってしまう気もする。次のフェーズについて伺いたいのですが。

河野(め組):離れ方はまだ検討中です。とても悩ましい。長期的に何ができるのか考えています。

小林(ピース):どんな関わり方にせよ、息長く石巻には関わって行くと思います。ただボランティア活動として、どのように関わり、そして離れるのかということは難しい。年内くらいかとも思っています。全てを無償で手伝う事が何処までなのか、これからまちを復興していく過程でボランティアがどうなっていくのかを考えています。

堀之内(ON):期限は9月30日まで受け入れとしていますが、今後随時変更していくつもりです。ON THE ROADは泥だし泥かきをしてきましたが、これからは自立のお手伝いなどをしていきたい。それを裏方として支えるようにしていきたい。僕たち自身も自立していかないと。そのためには、収入がある程度は必要で、今後のアイデアとして、8月12日から旅行班という活動で、観光の意味合いを含んだツアーなどをしていきたいと思っています。被災地の地場産業を訪れ、体験してもらいお金を落としてもらったり、一日だけ復興ボランティアをしてもらったりなど、ツアーを企画し、その手数料を運営費にまわすことができればどうかと考えています。

魚谷(ON):他にも、石巻にアジトを立ち上げるアイデアがあり、その企画を僕はやっています。そんなに規模が大きくない商業物件を借り、カフェがあったり食堂があったり、がれきアートのワークショップがあったり、地元の方を巻き込み、継続的に運営できるような活動を考えています。

田中(ON):僕は本業で、洋服をつくる仕事を京都でしています。4月からこちらでボランティアをしています。第2期では、ものづくりから何かできないかと考えています。仮設や集会所でつくりやすいものをつくってもらい、オンラインデパートとして販売することなども考えています。また大漁旗が30枚くらい見つかったので、それを使い何か創作出来ないかを考えています。傷んでいる大漁旗は新しく別に加工したり、保存状態が良い物はそのまま売ったりできればと考えています。

松村 事業を起こしていくことで、活動が継続していくと思うので、重大なヒントが含まれていると思いました。他に聞いてみたいことがある方はいますか?

会場 ボランティア全体のネットワークはあるのか?また、この地に住まうという発想が生まれてくるのかどうか? ボランティアがきっかけで継続的に街の復興の基盤になるような可能性もあるのかなと思いました。

小林(ピース):JANICという団体があり、NGOの活動を一覧で紹介していますが、すべての現状の活動を網羅するようなものはないです。ネット検索でキーワードを入れて探していくしかないと思います。

堀之内(ON):現地にいると毎日が一杯一杯で、そのような活動紹介のネットワークをこっちにいない人たちが整えてくれると有り難いと思っています。
平山(ピース):以前に比べ片付けが進み、町が少しずつきれいになってきて、それでもシャッターが下りたままの店舗をみて、自分だったらここで何をやったらよいかと想像したことはあります。

田中(ON):さきほどのものづくりの話の延長で、大漁旗もそのうち無くなり、ON THE ROADもいなくなり、それでも僕自身として、大漁旗の縫製で縫子さんと知り合えれば、その方々とビジネスを一緒にやっていくという関わり方があるのではないかとは思っています。

会場 私たちは建築が専門で仮設住宅の住まいの改善案を考えているのですが、仮設住宅群のなかに自分たちが入っていく際のコミュニケーションに対して不安があります。皆さんが支援をするまでの流れやネットワークはどうしているのでしょうか?

堀之内(ON):直接繋がろうとすると、そこには壁があります。自分たちもやはり始めは大変でした。今後、つなぐという役目がボランティア団体の役割にもなっていくのではないかとも思います。最近では企業ボランティアの窓口もはじめており、企業と被災地のパイプ役になっています。6月26日に渡波元気祭りを開いたのですが、これは町との信頼関係の成果で、地元の応援がとてもあり、行政側にも色々と協力頂き実現しました。

小林(ピース):いろいろな支援の在り方があると思いますが、一カ所に集中するとバランスがくずれます。また個人的な関係で全体がうごいているとすると、そこで動いている人の顔をつぶさないというという背景もあります。その交わりの関係性を理解して、そこで担っている人達のことを巻き込んでいくことが大切なのだと思います。

松村 最後に新しい活動支援の申し出がでてよかったと思います。今日は被災地住民として実情がよくわかりました。継続するためにも事業を起こして頂きたいですね。本当に、皆様どうもありがとうございました。

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<パネラー所属>

め組JAPAN  http://maketheheaven.com/megumijapan/

ピースボート災害ボランティアセンター http://pbv.or.jp/

NPO”ON THE ROAD” with FRIENDS 東日本大震災災害支援プロジェクト http://www.saigaishien.jp/

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レポート 西田司/Ishinomaki2.0

【2011/08/05】

川開き祭り本祭 昼の部

川開き祭り当日はお祭りムードが一気に全開となり、道を歩く人、商店にも活気が戻ってきました。普段は閑散とした商店街も
立町大通り商店街、寿商店街、アイトピア商店街、橋通り商店街などに出店が一斉に揃いました。艶やかな浴衣姿の女性や子供たちも祭りに華を添えていました。

石巻2.0としての本日のメインイベントは音楽ライブステージの共同開催、HIFANAによる音楽ワークショップ、そしてアートプロジェクション。午前からリハーサル開始。熱いLIVEにやる気をみせるGagleとHIFANA

お祭りが更に盛り上がりをみせた午後14時ごろからはHIFANAによるアサラト,カホンワークショップが開始。(Special Thanks to 日本パチカ連盟!)
小さなお子さんから若い女性、そしてワークショップの噂を聞きつけてやってきた音楽ファンまで様々な人が集まりました。KEIZOmachineとJUICYが何もいわずにカホンとアサラトを演奏し始めると、自然発生的にセッションが始まりました。その後細かなテクニックなど手取り足取りのレクチャー。

インフォメーションセンターの前もずいぶんお祭り感がでてきましたよ!

そして、阿部新旅館前は、花火を見るのにはベストスポット。2.0風船を持った子供たちも集まってきました。

次はいよいよ夜の部です。