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【2011/08/06】

VOICEツアー実施報告

STAND UP WEEK期間中、VOICEツアーは全部で4回行われました。

7月23日 川と横丁の歴史ツアー
7月24日 夜の石巻ディープツアー
7月25日 ボランティア縁のスポットツアー
7月29日 川と横丁の歴史ツアー

参加者が集まり次第始めるという、即興的なツアーでしたが、石巻人たちがそれぞれの思いを語りながらまちなかを案内してくださり、非常に充実したツアーとなりました。

<川と横丁の歴史めぐりツアー>
VOICE石巻のトップページを飾る、郷土史家の邊見清二さんに石巻の川と横丁や路地、道路形成の歴史について案内して頂きながらまちを歩きました。

橋通りから、川縁、広小路を経て寿町通りを通って住吉神社まで行き、川縁を通ってインフォメーションセンターに戻る、という行程で、それぞれの顔を持つ横丁の形成の歴史が聞けました。
中央3丁目の交差点は、歴史的な建造物が集積し、石巻の最も豊かな時代の面影を残しています。現在の民主党ビルは昔は銀行の建物だったようです。

住吉神社を通って川縁まで来た時、なだらかな芝生の河川敷から川を眺め、
「石巻人は、どんな時代も川と一緒に暮らしてきたんですよ。川岸に壁みたいな堤防を作るなんて考えられない。まちの中に川をうまく取り込める護岸ができると良いですね。」
と語った姿が印象的でした。

<夜の石巻ディープツアー>
スナックのネオンの光、あちらこちらから漏れて来る即興的な音楽…石巻は夜がアツい!!
こんな夜の石巻を体験して頂くために、真っ昼間の16:00から(笑)、このツアーを開催しました。
橋通りから阿部新旅館の前を通過し、広小路にでて門脇へ、石段を上がって日和山に上り広小路の復興バーに戻るというツアー。その後、2.0縁の日本酒バー ニュー魯曼停にも伺い、マスターの阿部明さんにもお話を伺いました。
私用で石巻に来ており、たまたまポスターをみてツアーに参加してくれた、という学生さんは、「石巻の歴史や文化など、まちの成り立ちについて案内してもらいながら歩くとまちが全然違って見えて来る」と、喜んでくれました。

復興バー魯曼停でオリジナルカクテルをごちそうになりました。

復興バーではマスターの松村豪太さんに、バーを始めた気持ちを、魯曼停では、明さんや奥さんに被災の体験を語って頂きました。

突然押し掛けていったにも関わらず、お二人は快く受け入れて下さり、本当に感謝です!!

<ボランティア縁のスポットツアー>
1万人のボランティアが入っている石巻でも有数の大ボランティア団体であるピースボートのパール団長、あづさんと一緒に被災地の現状を見ながらまちなかを歩きました。
橋通りから中瀬へ、寿町まで戻り、立町へでて、アイプラザを見学、永巌寺を通って日和山に上り門脇におりるといったコースで、3時間に渡る大ツアーとなりました。

ピースボートのお二人と歩いてみてまず感じるのは、道行く人とすれ違う度に「ご苦労さん、頑張って!」「いつもありがとね!」と声をかけられること。ボランティアはまちの一部となりつつあるようです。
「僕が来た頃は、泥かきをするために、瓦礫をかき分けて道をつくる仕事からはじめました。土嚢袋に泥を詰めたけど、どうやって運ぼうかと困っているとき、(瓦礫撤去の)業者のトラックのおにいさんが駆けつけてくれて『のせてきな〜!!!』って。ちょーかっこいーみたいな。それ以来、彼らとは友達です(笑)」と語る団長。
震災後、さまざまな人々がお互いに助け合いながら今の回復につなげてきたのでしょう。

日和山までのぼって、もっとも悲惨な被害を受けた門脇南浜地区を見下ろしました。
「毎朝5時頃、ここに上って地域の方の話を聞くようにしてます。俺等は外から来た人間だから、逆に知人にはいえないようなことで心のなかにためていることを気軽に話してくれるんですよ。今でも出来るだけくるようにしてます。そうしないと(気持ちが)緩むから。」

門脇に残った民家

ピースボートでは門脇で奇跡的に残った小さな音楽ホールである「音浴ホール」の再生の仕事を委託されています。このホールをイベント会場として再生させつつ、震災を忘れないためのメモリアルホールとして残していくためだそうです

音浴ホール 泥の中から見つかったピアノ